アップル元CEO、スティーブ・ジョブズ氏が本日お亡くなりになった。 3年前の夏、アップル本社で彼の講演を聞いていた俺は、こんな日が来るのを想像すらできなかったと思う。ご冥福をお祈りします。
稚拙だけど、この文章を彼と彼の家族に捧げます。
「当たり前」を疑うこと
1997年。ジョブズがアップルに戻った時、最初に始まったのは快進撃ではなくコマーシャルだった。後数ヶ月で倒産する予定だったアップルのブランドを取り戻すべく、ジョブズは”Think Different”というコマーシャルをつくった。”Think Different”は、日本語だと「当たり前を疑うこと」だ。
14年後の今も、Youtubeで日本語版を観ることができる。
ビデオにはアインシュタイン、ジョン・レノン、エジソン、ガンジー、そしてピカソなどが登場している。
ジョブズは、当時のスピーチで、こう語った。
ビデオに映っている偉人たちは、当たり前を疑い、世界を変えた。既にこの世を去ってしまった方々もいる。彼らがもし、今生きていたら? 愛用するコンピューターは勿論、マッキントッシュだっただろう (観衆笑)。アップルは当たり前を疑い、世界を変える人たちを、応援するブランドだ。
ジョブズもまた、「当たり前」を疑った。彼の世代の人達はみんな「未来は、コンピューターにある」と叫んだのに対し、彼は「未来は、コンピューティングにある」と叫んだ。コンピューターは、コンピューターの形をしていなくてもいい。その叫びが、「コンピューターをポケットに」のiPodと、「コンピューターを指先で」のiPhoneとiPadの快進撃に繋がった。彼自身も紛れなく世界を変えた。
そんな偉人はもうこの世にいない。彼と同じ時代に生きた俺たちが、これからすべきことは何だろう。それはジョブズがしたように、これから「当たり前」を疑っていく人を、応援することだ。
もしもあなたが共感してくれるなら、今すぐできることがある。
あなたがはじめて「当たり前」を疑ったときのエピソードを、ツイッターでもブログでも、どんな方法でもいいから、世の中に広めてほしい。
たとえばこんなかんじ。俺がはじめて「当たり前」を疑ったのは、11年前のことです。
わたしがはじめて「当たり前」を疑ったのは…
2000年3月、横浜からアメリカ東海岸に引っ越した時のことだ。12歳になったばかりの俺は、歳の割に視力が悪いゲーム少年だった。現地の中学校から帰ったらNintendo64で遊ぶ毎日。当時のマイブームは1999年末に発売されたドンキーコング64だった。
アメリカで先行発売されたドンキーコング64の世界観は、ステージから武器までアメリカの子供ウケを狙っていた。オープニングですら「モンキーラップ」というアメリカらしいノリで始まった。
でも歌詞にひとつだけ違和感があった。
Donkey kong is here!
ドンキーコングのおでましだ
He’s bigger, faster,
ヤツはおおきく、すばやく、
and stronger too
ちからもつよい
すばやく?
2000年当時、それまでドンキーが登場したゲームは「スーパードンキーコング」「マリオカート」「スマブラ」等だが、ドンキーはいつも「おおきく、のろく」だった。しかし実際に動かしてみると、64のドンキーは「おおきく、すばやく」だった。なぜ「おおきく、すばやく」なったのか、12歳の俺は頭を捻った。
まずひとつ考えついた。アメリカのマーケットを意識して作られた64のドンキーが「おおきく、すばやく」なったのは、アメリカではそんな奴がモテるからだ。アメリカではアメフトが野球やバスケよりも人気で、近所の高校がライバル高校と対決する日など、近くの老若男女すべてが応援にかりだされた。だから学校で一番ステータスが高い男子はアメフトの選手と決まっていた。そしてアメフト選手に求められるのは大きさ、強さ、敏捷さだ。64のドンキーは、アメリカの理想の男性像を描いていた。
さらにもっと重大なことに気付いた。ゲームに洗脳されていた俺は、「長所には、短所がつきもの」と思い込んでいた。それまでにプレイした殆どのゲームでは、強ければ遅く、速ければ打たれ弱く、打たれ強ければ特殊能力が乏しいなど、ゲーム開発者が意図的にキャラクターのバランスを整えていた。ミュウツーなど「長所だけで、短所がない」キャラクターは「反則」の一言で片付けた。
だけどアメリカで作った友達は、反則と言いたくなる人たちばかりだった。
俺が育ったところでは二世が多く、友達の半分はバイリンガルで、3ヶ国語が堪能な奴もごろごろいた。週末に通った日本語学校の子たちですら、英語が完璧な上、日本語も俺より上手かった。
後から知ったが、言語は8歳までのうちでないと習得は難しい。しかし母国語が確立されてさえいれば、8歳までに複数の言語を学んでも母国語を失うことはなく、結果として完全な多言語話者になる。
二世として育った友達は、言語能力においてはまさに「長所だけ」の子たちだった。「一つの言語が得意なら、もう一つの言語は下手になる」という、俺の中の当たり前は崩れさった。
さらに驚いたのが、周りの頭が良い生徒はみんな音楽とスポーツがうまく、また社交的だった。「勉強はできるが」から始まる人は皆無で、「勉強もできて」から始まる人ばかりだった。
理由はアメリカの大学受験にある。アメリカの小中高は社会問題と言われるほど教育レベルが低く、日本の受験のように「小中高でどれだけ難しい勉強したか」を問えない。多くの地域では、方程式を高1で教えるレベルなのだ。
だからアメリカの大学受験では「時間対効果」が重視される。アメリカの大学を受験するときは、統一テストの結果以外に課外活動と学校の成績を提出する必要がある。
たとえばAさんとBさんが大学を受験したとして、ふたりとも統一テスト、成績共に満点だとする(実際かなりの人が統一テストで高得点をとれる)。しかしAさんは水泳とピアノが学校で一番、Bさんは勉強以外何もしなかったとする。すると大学側はこう考える。
Aさんの水泳とピアノの実力を見れば、Aさんは練習に忙しく勉強に割ける時間はなかったと判る。Bさんは勉強以外の功績がないから、実際にどれくらい勉強したかは判らない。たぶん、Aさんより勉強時間があったはずだ。二人とも満点なら、少ない時間で満点だったAさんのほうが頭がよく、大学で成功する確率が高いだろう。
そんな入試システムがあるからこそ、トップ大学を目指した友達はみんな「勉強もできて」になろうとした。色んな部活で部長を務め、時にはボランティアで働き、僅かな勉強時間でトップクラスの成績を収めていた。
ドンキーコングとアメリカは、12歳の俺に「長所には、短所がつきもの」という当たり前を疑うことを教えてくれた。ひとつのことに満足したら、また別な苦手なものにチャレンジしろ、ということを言い聞かされて育った。
そして俺は、今も同じ「当たり前」を壊そうとしている。エンジニアからデザイナーになったのも、「長所には、短所がつきもの」ではないことを身を持って証明するためだ。
君たちの時間は限られている。その時間を、他の誰かの人生を生きることで無駄遣いしてはいけない。-スティーブ・ジョブズ
人生は短いが、死ぬまでに「長所には、短所がつきもの」が当たり前じゃない世界を見たいと思っている。これからは教育を勉強して、そんな世界に貢献するつもりだ。
あなたがはじめて「当たり前」を疑ったのはいつですか。あなたは今でも「当たり前」を疑い続けていますか。もしそうなら、これまでの偉人たちに聞こえるくらい大きな声で、叫んでほしい。