先週、シリコンバレーの日本人向けのイベントで「20歳を過ぎてからプログラミングを学ぼうと決めた人たちへ」というお話をさせてもらった。今回の記事では、俺がプレゼンを作る時に気をつけていることを書いてみます。長いけど、画像多め、文章少なめです。
プレゼンの動画はこちらからご覧になれます。
講義とは二つの円を合わすこと
大学に入ったばかりのころは、講義とは意見をはっきりさせること、だと思っていた。
モヤモヤとした意見を、

はっきりとさせることだと思っていた。

しかし大学3年に数学の恩師の助手になり、火曜と木曜の講義を担当することになってから、それが間違っていたと気づいた。
自分が伝えたかったことと、実際に伝わったことを円で表すとする。

この二つの円をできるだけ近づけるのが、講義の目的なんだ。

こう考えると、講義の良し悪しの最終決定権は、語り手でなく聴き手にあることが分かる。語り手は「伝えたいことの円」はコントロールできても、「伝わったこと」の円はコントロールできないのだから。そして二つの円がどれだけ重なるかは、「伝わったこと」の円に左右されてしまうのだから。
それまでは、どうやって自分の意見をはっきりさせるかに時間を割いていた。しかし二つの円の存在を知ってからは、聴き手のことを考えるのに時間を割くようにした。人の思考プロセスを少しだけ研究して、聴き手が重なる円を描くようにするには、どうすればいいか考えた。
今回は、その結果辿りついたプレゼンのテクニックを4つ、紹介したいと思う。
これから話すテクニックは、実際に「20歳を過ぎてからプログラミングを学ぼうと決めた人たちへ」の講演で使ったものばかりで、講演のスライドを見ればそれが確認できます。
聴き手は物覚えが悪い
短期記憶(STM, short term memory)とは、短期間保持される記憶である。約20秒間保持される。7±2(5つから9つまで)の情報しか保持できない。(Wikipedia - 記憶)
人間は物覚えが悪く、新しい情報は少ししか記憶できない。「講義が終わった後、忘れられる」のならまだましだ。「最初のほうに話したことを忘れられ、最後のほうで同じ話をするときに説明し直さないといけない」という最悪のケースも起こりうる。
テクニック: 伝えたいことを例外なく三つに絞る
伝えたいことの数を少なくすれば覚えやすい。「絶対に三つ」と決めるメリットは他にもある。たとえば二つしか考えつかなかった場合は「伝えたいことをあまり考えていない証拠」なのでもっと考えるきっかけになり、四つ以上考えついた場合は「考えすぎ」なので意見を絞るきっかけになってくれる。

テクニック: 三つの中で、一番伝えたいことを最初に話す
関連する事柄があると、物事を思い出しやすい。
例えば、「医者」という言葉を聞くと、その後「看護師」という言葉の読みが、「富士山」という言葉の読みよりも早くなるのはプライミング効果があったこととなる。(Wikipedia - 記憶)
三つの伝えたいことのうち、一番伝えたくてインパクトがあるものを最初に持ってくると、それを引き金に残りの二つを思い出しやすくなる。

テクニック: 最初に話したことを繰り返す
人がなにかを忘れないようにする方法は繰り返す以外にない。
短期記憶の情報は時間の経過とともに忘却される。これを防ぐためには維持リハーサルを行う必要がある。(Wikipedia - 記憶)
今回の講演では、最初の話で「できる」「できない」について話した。「できる」を緑の円に、「できない」をピンクの円にして説明した。これらは、スライド72から始まるの二つ目の話でも繰り返し登場している。

聴き手はリズムにのる
楽曲全体に渡り安定して繰り返される構造化された時間的パターン。西洋音楽では、メロディ(旋律)、ハーモニー(和声)とともに音楽の三要素のひとつとされる。(Wikipedia - リズム)
人はリズムやパターンを感じ取ることができる。リズムやパターンがあると聴き手は「次は何?」を予想しやすくなるし、語り手の説明不足も頭の中で補える。そして何より、無意識のうちに話を心地良く思ってもらえる。
テクニック: 一番伝えたいことを、五七五のリズムで語る。
日本語特有のリズムがある。俳句などで使われる五七五である。このリズムで何かを説明すると、不思議と心に残りやすい。
一番伝えたかった「できるとは、次の一歩が分かること」も五七五で、言葉選びにかなり苦労した。

じつはデモで使ったChibicodeアプリの説明も五七五である。

前回の講演でもデザインとは「誰からも見えない決まりを作ること」と説明したし、この記事のタイトルもおまけに五七五にしている。
別に五七五にしばられる必要はないけれど、日本語が得意でない自分にとっては、文字数を制限したほうがやりやすかったりする。
テクニック: 三拍子でスライドを作る
スライドを見れば分かると思うが、箇条書きのスライドは俺は殆ど三点でまとめている。

先ほど三つに絞る利点を説明したが、三つのリズムをスライド全体に用いるともう一つの利点がある。それは「いつ、次のスライドに行くのか」が語り手に分かり、誤ってスライドを進めるのを防げることにある。三つ点を提示したら、つぎの三つ、と覚えておけばいい。
ちなみに、デモを忘れないようにするテクニックもある。このようにリボンを右上に付けておけばいい。Githubのリボンから拝借したアイデアで、目立ちやすいが邪魔にならない。

そしておまけ。この記事の文章は、すべての段落がひとつの文か三つの文で構成されている。証拠に句点を数えてみてほしい。
テクニック: 結論部分で言いたいことを、質疑応答で話す
講演の最後の部分はスピーディーに終わらせること。最後のほうになると聴き手は「早く終わってくれ」と思っているから、その期待に応えるべきである。講義でも、俺は最後の10スライドを一分以内に終わらせた。

結論の部分で示唆にとんだことを言いたかったらどうすればいいか。その場合、講義をいったん終わらせた上で、質疑応答の最初に持って来ることをお勧めする。すると質疑応答をスムーズに始めることができ、誰も質問がなくてシーンとすることを防ぐことができる。
講演のビデオでは1:01:00から、俺が「まず、自分で自分の質問に答えます」と言っているのがわかると思う。
聴き手は迷いやすい
俺はデザイナーをやっているけど、デザインの基本で一番大切なのは「視聴者はどこに目をやればいいかはっきりさせる」ことである。人は同時に二つのものを見れないのだから。これは主にスライドのデザインで重要になってくる。
テクニック: スライドとスライドの間の変化をひとつに絞る
あなたは全てのスライドにおいて、「このスライドでは、聴衆はこの一点を見るべき」という点をピンポイントで定義できないといけない。「このスライドではここと、ここと、ここを見て欲しい」では話にならない。具体的にどうすればいいのか。
簡単である。できるだけ多くのスライドにおいて、「前のスライドと違うもの」を一つだけにするのだ。例を挙げてみる。
たとえば下の6つのスライドなら、明るい白いボックスが、そのスライドで目をやるべきポイントである。

これらのスライドでも、前のスライドと違う部分が、目をやるべきポイントである。

スライドを見れば、ほとんどのスライドは前のスライドと一箇所しか違わないのが分かると思う。
テクニック: それが難しい場合、アニメーションを使う
聴き手がどこに目をやるべきか分かりづらいときには、アニメーションを使うといい。KeynoteのMagic Moveは特に役に立つ。講演のビデオでは8:20-8:30や12:05-13:00あたりでMagic Moveを使っている。

ちなみにアニメーションを使うときは全てのアニメーションを同じスピードにすること。リズムは大切。俺は0.5秒に設定していた。
テクニック: 表と裏のスライドを使いこなす
スライドは大体二種類に分かれる。文章で説得するスライドと、図で説得するスライドである。人は言語処理と画像処理で脳の違う部分を使うため、文章に集中すべきか、図に集中すべきかというシグナルを送ってあげることが重要である。
簡単な方法は、表と裏のコンセプトを使うことである。スライドを紙に例えて、表は文章、裏は図、というふうに分ければいい。俺の講義では、「表」はこんなデザインで、

「裏」はこんなデザインだ。

「表」ではほとんどの文章を右半分に載せてある。文字は一行に(日本語で)15文字以内くらいが一番読みやすいからだ。右半分にしたもうひとつの理由は、俺はこの講演では聴き手から向かって左側に立つことがわかっていたので、スライドの前に立っても文字の邪魔にならないからだ。
また文章は背景が明るいと見やすく、図は背景が暗いと見やすいので、表を明るく、裏を暗くというコントラストをつけやすい。さらに違いをはっきりさせるため、表と裏の間は、Keynoteの「フリップ」という紙を裏返すようなアニメーションを使って行き来している。講演のビデオでは5:50と6:10など、多くの場所で使っている。
ちなみに、表のきれいめな背景はSubtle Patternsというサイトから、裏のダークな背景はWebtreatsというサイトから拝借している。
聴き手は疑い深く信じやすい
人は疑い深い。だが裏をかえせば、何かを信じこんだら意見を変えないということでもある。語り手はそれを逆手に取るべきだ。
テクニック: 話すより見せる
僕のある女性同僚のことばを知って欲しい。すべての若い女性にふさわしいことばだ。僕が聞いてきたなかで、一番いい助言でもある。「ずいぶん時間がかかったけれど、ようやく気づいたの。自分に言い寄ってくる男性がいたら、気をつけることは簡単。彼の言うことすべて無視して、彼のすることだけに注意すればいいの。」 そのとおりだよ、クロエ。—ランディ・パウシュ
講義でもそのとおりである。話すより見せろ。どんな講義でも、主役はデモであるべきである。
今回の講義では六割以上の時間をchibicodeのデモに使った。

前回の講演でも、半分以上の時間をデザイン実演とプログラミング実演に使ったし、

ご存知スティーブ・ジョブズのプレゼンも、デモが大半を占めていた。ぶっちゃけ、何らかのデモがなくては講義ではないと、心のなかで思っている。どんな話でも、プログラミングのスキルが無くても、何らかのデモは作れるだろう。
テクニック: わかった気にさせる
人は何かを「わかる」前にかならず、「わかった気」になる。実際はわかっていなくても興味を持ち、学び続けることによって最終的に「わかる」のである。物事をシンプルに伝えて、わかった気にしやすくするのに何の罪もない。
たとえばChibicodeのデモでは「ほとんどのプログラムはFunctionを、List, If, Map, Reduceと組み合わせることによって成り立っている」と、プログラミングの本質を凄く簡略化して伝えた。

実際のプログラミングはもっと複雑だ。だがList, If, Map, Reduceだけでツイッターのログ解析ができることを見せてあげることで、聴き手はわかった気になり苦手意識を消すことができるかもしれない。複雑なことを見せても、「わかる」どころか、わかった気にもなれないのだから。
また講義でもふれたが、聴き手が持っているであろう知識を混ぜて話すことも重要だ。

今回の聴き手はソーシャルメディアに強い人達ばっかりだったので、ソーシャルグラフを知識のグラフに例えたり、

プログラミングの例の殆どは小学校の算数から出題したり、

「一括変換」「セーブ」など、プログラミング用語でないものをふんだんに使った。

そして抽象的なことを説明する「前に」必ず具体例をあげること。「前に」が重要であり、後から具体例をあげるのは絶対にいけない。これも同じく、聴き手をはじめにわかった気にさせないといけないからだ。
講義から以下抜粋 - (スライド参照):
具体例: 元Facebookエンジニアがアフリカで活躍 - スライド26
抽象的: プログラミングができたら何がいいのか - スライド33
具体例: 「泳げる」「泳げない」の違い - スライド48
抽象的: 「できる」「できない」の違い - スライド54
具体例: Jump Mathの-7 + 5の教え方 - スライド108
抽象的: 小刻みのアプローチ - スライド122
このように必ず具体例を「前に」持ってくることによって、聴き手をわかった気にさせ、抽象的なことを説明しやすくなる。
テクニック: 自分より偉い人のことを話す
最後に、疑い深い人に効くクスリを紹介する。それは自分より偉い人たちを引用することだ。今回の講義ではJump Math, Khan Academy, Carnegie Mellon大学の教授など、その道で有名な人達を盾に話をした。

プログラミング初心者に20分間で教えたMapReduceは、実はGoogleでつかわれている、というのも、説得力向上のために使った。

最後に: 覚悟を決める
ブログ記事は数分で読めても、たいていの講義は視聴に一時間くらいかかる。今回の講義は70分、一週間で6000人以上が見てくれた。それを60分 x 5000人が見てくれたと見積もると、一週間で世の中から5000時間を俺のビデオが奪った計算になる。
5000時間というと、一人の人間が何かで一流になるのに必要とされる1万時間の半分だ。それだけの価値を、俺は提供できたのか。答えはわからないけど、もしNoだった場合、それは罪だと思っている。
もちろん、Youtubeではもっとアホなビデオが何億時間も世界から奪っている。だからといって、あなたがおろそかな講義をして、数千時間をぼったくることの言い訳にはならない。ビデオがネット配信される世の中になったからこそ、講義にはそれだけの覚悟で望まないといけない。
講演は9/16に行ったが、じつは7/20から俺はブレストを行っていた。iPhoneのCaptioというアプリを使い、アイデアが浮かんではその場でメモをしていた。ブレストのメモは30ページ近く貯めた。

画像はほんの一部というくらい、巨大なマインドマップも作った。

パワポそのものに至っては7バージョン作った。

Chibicodeのデモもはじめは笑えるくらいひどかった。


これだけ準備してあのレベルのプレゼンしか出来ないなんて、こいつ才能無いな、とあなたは安心するだろう。確かにしゃべりは前回よりひどかったし、さらに俺は努力することも苦手で、準備中もかなり怠けていた。しかし才能と努力の無さは、大量の時間を投資することによって隠すことができることを、俺は知っている。
あなたは世の中から何千、いや何万時間奪うのか。それに見合った時間を、講義に投資する覚悟があるのか。無いのなら、人前で話す資格も無いと思っている。
でもそんな覚悟がある人を見つけたら、最後に盛大な拍手を送ってあげてほしい。